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2006年2月

投稿もの

Photo_2 先日、仕事場の友人からメールがきた。

「何気にうちからみた霞ヶ浦が絶景なんだが、送ったらのっけてくれるかね?」

とのこと。

もちろん即OK。

というわけで、新しいカテゴリーが増えました。石岡市八木からみた霞ヶ浦。

Photo_3

鹿島鉄道 浜駅

Dsc00520 鹿島鉄道・・・それが現在の名前だが、できた当時(1924年)は「鹿島参宮鉄道」と呼ばれていた。しかし、この鉄道、実は・・・

肝心の鹿島神宮までつながっていないっ!!

石岡からいくと鉾田で終点になってしまう。では、いったい何ゆえに鹿島鉄道なのか・・・それは、

この浜駅で船に乗り換え、鹿島方面へ向かったから!!

実際に、鉾田から鹿島方面に鉄道をしく計画もあったけど実現しなかったらしい。

Photo_24 茨狼が訪れたとき、たまたま電車がきたので、慌てて電話で写真を撮った後、お孫さんを迎えにきていたおばあちゃんに船着場の場所を聞いてみたけれど、分からなかった。一番下の写真は駅のすぐ近くにあった入り江。イメージぐらいわくかと思って撮ってきました。

ちなみに、その後、鹿島鉄道は佐貫駅からでる龍ヶ崎線や土浦駅からでていた筑波鉄道なんかと一緒になって、関東鉄道の一員となった。さらに、その後、経営の悪化から、関東鉄道から分離されて現在に至っている。

そして、とうとう今月、親会社の関東鉄道が廃線を決定したようだ・・・

関東鉄道のドル箱・東京―筑波センター間の高速バスがつくばエクスプレスの開通によって大打撃を受けたことが原因かもしれない。

Dsc00522 しかし、関東鉄道は通常の路線バスも「グリーンバス」とか「メロンバス」とかいうわけの分からない名称で細分化している。

将来、赤字路線はバスでも廃止なんでしょうね・・・

これをみた方は今のうちに乗っておきましょう!!

まあ、存続できれば一番いいんだろうけどね・・・

この日記は下記のHPを参考にして書きました。すごいページなので訪れてみてください。

「想い出の車窓から」

http://hp1.cyberstation.ne.jp/shasou/index.html

番外編(BlogPet)

きょう終点上野は激しなかったー。
でも茨狼と浦和へ知り合いとか破裂しなかった。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「終点上野」が書きました。

佐自塚古墳

佐自塚古墳にいってきた。旧八郷町佐久にある前方後円墳。

解説の看板があったので読んでみると、

フムフム・・・

全長58メートルか、おお、でかいじゃないか!!

ナニナニ・・・

全長6メートルの粘土棺(人の埋まっているところ、粘土郭のことか?)出土、残りよかったんやねー。

ホウホウ・・・

出土遺物、なんだかいっぱいあるじゃねーか!

勾玉・管玉・小玉・刀子・竹櫛・壷型土師器・・・

んっ・・・!?

竹櫛?

うーん・・・木製品がよく残ってたな、ってか、竹が当時からあったんだろうか?

間違えても、発掘調査で使う竹串のことを言ってるわけではないよな・・・

Dsc00148

華丸・大吉

華丸がR-1グランプリを制したらしい。

福岡にいたときの「華ちゃんタクシー」思い出した。

いつもぶつぶついいながら西新商店街の前とかマニアックなところにとまってたよな・・・

自然がいっぱい

自然がいっぱい

今日はシシ鍋を食べました。とてもおいしかったです。しかし、シシなんざそこいらにいるもんなんですね。

わけあって電車通勤

わけあって電車通勤

でもって廃線になってしまうかもしれない鹿島鉄道をいまのうちに撮ってきた。実は茨狼は鹿島鉄道にかんしては気になる駅が前からあった。明日は玉里に用事かあるから天気良かったら行ってみるかね。

筑波山、番外編

Photo_23   昨日、どら猫から「ネタ切れか?」と突っこまれた挙句、文章の書き方まで指導を受けた茨狼です・・・。しかも、「また筑波山か?」とまで書き込まれました・・・。

どら猫よ、ネタぐらい自分で決めるよ・・・そしてすまんが文章もそこまでがんばれそうにない・・・

しかもしつこく筑波山ネタ・・・

でも別にむきになっているわけではありません。まあ、思いつくままです。

そんなわけで筑波山にかんする伝説。

昔、巨人がいました。巨人は富士山と筑波山がどっちが重いか計ってみようとしました。しかし、巨人は誤って筑波山を落としてしまいました。それで筑波山はパックリと割れてしまい、今のような形になったとさ。

うーん・・・

まあ、昔のことだからね、重さ計るならやっぱり天秤使ったんだろうね・・・間違えても、

難しい計算で体積だしたりはせんだろうね・・・

その結果、明らかに大きい富士山は落とさずに・・・

明らかに小さい筑波山は落とされた挙句にまっぷたつにされたわけだ・・・

比較の対象になっている時点で喜ばしいことかもしれないんだけど・・・

富士山との間に越えられない壁を感じる!!

まあ、綺麗だからいいか・・・?写真は去年の年末に新幹線から撮ったものです。

そんじぃよー

最近、茨城弁の達者な方がお隣に来ていた。

そのお方は「それでさぁー・・・」という意味なんだろうけど、ずっと「そんじぃよー・・・そんじぃよー」と言っている。

なんか、あまりにもその言葉だけがよく聞こえてきて、思わず

ソンジというあだ名をつけてしまった。

かつてもソンジにあったことあるんだけど、どうも特定の区域の言葉みたい。

そーいや、小学生のとき、長久って地区の人は「小さい」のことを「ちんまい」って言ってたよな。島根県での話。

紫峰

Photo_19 旧八郷町瓦塚遺跡からみた筑波山。

常陸国にそびえたつその威容から別名・紫峰とも言われています。

うーん、紫だ。

「山なんちゃ、そんなもんだっぺよー」なんて言ってはいけませんよ・・・

久々の筑波山2

Photo_18 今朝の筑波山。

昨日は雨が降ってたせいか、筑波山頂には雪らしきものも見えました。

久々に筑波山が見えた

久々に筑波山が見えた

旧八郷町柿岡から。山頂に雲がかぶってます。

ツッキーとおじゃる

Photo_17 とりあえず、これで終わりです、強引なおじゃるネタ。

ツッキーのおなかには「のろま」と落書きされている。これは実はおじゃるがまだ平安朝時代にいたころにまだ子供のツッキーを捕まえて自分のものという意味で「まろの」と書いたものだった!!

いまのところ、おじゃるで一番笑ったネタです。

ところでこのツッキー、NHKのHPによると月夜が池に住むなぞの恐竜ということになっている。うちの嫁さんが月光町のモデルは土浦市だと主張していることは以前にも書いた。だとすると、月夜が池はまさに霞ヶ浦ということになる。原作者の犬丸りんさんは巨大な霞ヶ浦に謎の恐竜を見ていたのかもしれませんね・・・

霞ヶ浦だけにカッシーか・・・?

嫁にグッジョブ !!

Photo_16 また、嫁がやってくれました。

でも、今回は割合と以前から狙っていた場所です。

6号線をジョイフル本田側にまがり、常磐線の線路を越える高架から。

さっそく拡大した写真が下のもの。

大仏様のありがたいご尊影がはっきり。茨狼が竹園高校通ってるときから見えてた光景だもんな。

1 さすがに阿見・牛久の範囲はカバーしてるみたいですね。

場所はかなり車どおりの多いところなんだけど、嫁は近所までいって、階段から高架にあがり、撮影に及んだ。

なんか似たもの夫婦と言われそうだ・・・

古代武蔵国の須恵器流通と地域世界

今朝とりあえず水道関係はけりがつきました、茨狼です。

昨日、表題のようなシンポジウムに行ってきました!!

途中、マツ先輩に「お前、やる気がないの見え見えだぞ」と突っこまれたが、それもそのはず。とりあず現地に行って、資料を購入後、マツ先輩、ささきさん、あかいさんに挨拶をすませれば、

半分終わったも同然!!

しかし、武蔵国は須恵器の窯いっぱいあるんやねぇ。あんなのがそれぞれの場所から持ち込まれて一軒の住居跡から出土したら、目視だけでの産地同定なんて、

お手上げやね、正直・・・

あと、武蔵東部のロクロ土師器の様子や話には聞いてたけど新治産の須恵器の展開にはあらためてビックリしたしだいです。

あとやっぱり、本物がいっぱい展示されてるのがよかった。木葉下窯の須恵器と新治のものがいっぺんに見られて違いがよくわかりました。今度は肝心の国府域のものをみてください!!ささきさん、あかいさん!!

まつ先輩の

「お前がやれよ!!」

っていう突っこみが聞こえてくるようだ・・・

Dsc00478_1   

番外編

Dsc00474_1 昨日の夜・・・軽く雪なんか降っててとても寒かったよね。

そんな中・・・

水道管が破裂しました!!

なんか水がどばどば流れてました・・・

夜中に近所のかたが家のドアがんがん叩いて知らせてくれました。そう、強盗でもきたのかと思うぐらい激しくね・・・

大家さんが「いまから役所にきてもらって・・・」なんて言い始めたときに、

こりゃダメだと諦めました・・・

というわけで、昨日は食器も洗えず、風呂も入れないまま夜が明けました。でも、今日は浦和までシンポジウムがあるので出かけないといけません。

体も洗ってないし、どうしようものかと迷ったけど、でも茨狼は考えました。

冬だから、まあいいっか!!

というわけで、今日はいろんな人にご迷惑をおかけしたかもしれません。ごめんなさい。できるだけ知り合いの方には近づかないようにしたんですけどね・・・これでも。

どスーパーひたち

Photo_1 こーれがイバラギのほこるスーパーうるとらミラクル超特急、スーパーひたちだっぺよー。すんげぇーべ?未来の乗り物だなやー。というわけで、今日は朝から埼玉行きです。

どら猫からのバトン

ブログのバトンってなんだ?よーわからんがなんか質問に答えて、また誰かにまわさんといかんらしい・・・

うーん、なんだか面倒臭いな・・・それにこのブログの趣旨にもあわんし・・・そもそも茨狼が酒に強いか弱いかなんてみんな知りたいか?

ってことで・・・

無視しときました!!

きっと私みたいな人、多いと思うんですよね。

ってことで・・・

ここで終わらせてやる!!

若者の文化についていけない茨狼でした・・・どら猫よ、ネタふってくれてある意味ありがとう。

子オニ

Photo_15 はい、茨城の話題です、あくまでも。

とうとうこの3匹を揃えました・・・かわいい・・・

ところで、この3匹、閻魔大王の命令でおじゃるの勺を取り返すために月光町にやってきている。NHKのHPによるとアオベェが7歳、アカネが6歳、キスケにいたってはまだ5歳!!。しかも、普段はトミーさんの家の庭でテント生活を送っていて、ご飯も自炊している。

6歳のアカネに

「今夜はカレーだよっ」

なんて言われたら、思わず抱きしめたくなってしまうのは茨狼だけではないはずだ・・・

でもさ・・・

「閻魔大王の命令」で来てるんだよね・・・

小学生がさ・・・

5歳児がさ・・・

仕事でさ・・・

これってさ・・・

明らかに労働基準法に違反してるよな・・・

NHKよ・・・

受信料の未払いを法的手段に訴えてる場合か?

せめて、トミーさんの家に住まわせてやってくれよ、かわいそすぎる。3人とも、つらくなったら茨狼のお家へおいで・・・高校でるぐらいまでは面倒みるから・・・

そーいや、NHKの茨城閥の話なんかもあったよな。今度調べて書かないとね。

S先生

茨狼が福岡市にいるとき製鉄炉を発掘調査していた。当時、自然の谷を埋め尽くすほどの鉄滓(砂鉄から鉄を作る際に、鉄になりきれなかったカス、小片でもとても重いし、大量に出土すると収納場所に困る)が出土していたが、その現場で一度先生にお目にかかったことがある。

先生は私のことなどご記憶ではなかっただろうが、帰り際に冗談で

「鉄滓を分析したいのでひとついただけませんか?」

とおっしゃったので、大量の鉄滓に手を焼いていた担当者は

「一個といわず、箱でもっていってください」

と返答していた。

先日、そんなS先生がお亡くなりになったと新聞に載っていた・・・

心からご冥福をお祈りいたします。

ちなみ先生の著書「技術の考古学」に学生時代に出会い、実はいまだに仕事場に置いてあったりする・・・先生、本当にありがとうございます。

ちょっと一息・・・

おかげさまで好評のようです。とりあえず形になってきました。

あまり張り切りすぎると続かない性分なので、少し休憩。

まあ、週1回ぐらい更新できればいいほうかな?

おじゃる丸

Photo_14 いま、ファミリマートでCCレモン買うとついてくるおじゃる丸フィギュア・・・

うぅっ・・・かわゆすぎる・・・

というわけでしばらくは糖尿を気にしながらCCレモン飲まないといけなくなりました。ある程度まとまってから写真のせようと思ったけど、ネタとして引っ張るため細かく行くことにしました。

これのどこが「茨城の話題・ニュース」なのかって?

それはね・・・

原作の犬丸りんさんが筑波大出身だから!!

少し苦しいか?でも土浦の1軒だけ高いマンションが建ってる遠景は月光町そっくりで、モデルになっているに違いないと嫁が言ってました・・・うーん、確かに・・・似てるといえば似ている気も・・・今度、載せてみるからご意見ください。

チョコレートの思い出

茨狼にバレンタインの思い出はない。しかし、チョコレートの思い出はある。

福岡県職員A氏(個人が特定されないようにイニシャルはテキトーです)当時、福岡県の暗黒地帯に配属されていたこのお方は、3現場ぐらい同時並行で発掘調査を行っていた。夜に遺物の整理を行い、とにかくそのすさまじい労働量は結婚のタイミングをも逃すほどだった・・

しかし、そんなA氏に対し、後輩職員の人望は厚かった。茨狼もごくまれに一緒に夜中に仕事をしていると、どっからともなく職員のかたが集まってきてチョコレートを差し入れていった。

「そろそろAさんが(へばって、栄養補給のために)食べたがってると思ってもってきました」

その方はそう言うと、茨狼に向かってこうおっしゃった・・・

「しかし、Aさんに電話1本で呼ばれて、のこのこ(手伝いに)やってくるの茨狼さんぐらいですよ!」

甘くて美味しいチョコレートを茨狼も食べましたとさ・・・

そして、いまだに電話一本で呼ばれてます・・・

今日の筑波山

今日の筑波山

今日の筑波山は霞がかってました。明日は雨?旧八郷町柿岡より

でかしたぞ!!嫁っ!!

   Photo_13         

 なんの変哲もない一枚の写真。

 でも、よーくみると中央にある家の上から不自然な突起がとびだしているのが分かる。

これを拡大してみると・・・

Photo_12

ああ・・・ありがたや、牛久大仏様ではないか。

場所は常磐線・常陸野牛久駅直前。

嫁はこの写真を撮るためにおもむろに車内でデジカメを取り出し撮影に及んだらしい・・・

偉すぎる・・・ようやくシリーズ化できたぞ。

続く?

遺跡の現地説明会

Dsc00464_1 先日、下妻市で行われた「大堀東遺跡」の現地説明会に参加した。

平安時代の住居跡(平将門の乱の時期らしい)や戦国期?の居館跡に興味はつきないが、一番びびったのは調査原因。

河川改修・・・小貝川の土手のなか掘ってる・・・・

聞くところによると、茨城県の場合、市町村の文化財専門職員の配置率は30%程度らしい。だとしたら、茨城県内に住んでる人はよっぽど興味ないかぎり、遺跡の発掘なんて見たことないと思う。約70%の市町村ではろくに遺跡の発掘なんてやってないわけだから。でも市町村合併が進んでいくと当然、配置率も上がるからもう少し身近な存在になるかもね。

茨城県の考古学も変わってきたのかな?

しかし、よく残ってたよな・・・

通称・かすみがうら城?

Photo_8 かすみがうら市郷土資料館。

たけしのTVタックルでも突っこまれたとおり、元来ここには城はなかった。

まさにバブルの産物といった扱いをされ、冷ややかな評判をテレビでされたりする。

しかし、この資料館、実はとても回転率がよく、毎年特別展をやっている。一昔はカラーの立派な図録なんかも出版していたが、さすがに近年は予算がつかないのか手作りの白黒のものだ。しかし、1000円だして立派な図録買うより、無料の印刷物のほうが普及という点ではむしろいいような気がする。

また、体験型の企画もよく催されているし、たまに足運ぶと、

自由に勾玉作りできたりする・・・しかも外で・・・

つまり、

行政と学芸員の能力の差のひらきがすごい・・・

それともう一つこの資料館にはすごいところがある、それは・・・

眺めがすごくいい・・・

最上階なんかはすごくおすすめで霞ヶ浦なんかがよくみえます。でも、きょうはお城だけの写真でやめときます。

牛久大仏も見える(と記憶している・・・)からっ!!

なんとか膨らませたいんだよ、大仏シリーズ。昨日は霞んでて見えなかったんだよなー・・・何しにいったんだ?

マジレンジャー最終回!!

茨狼はオダギリジョーが出演している仮面ライダークウガに感銘を受けて以来、仮面ライダーと戦隊ものは欠かさず見ている。

今日はマジレンジャーが最終回だった。今年はやけに説教くさいシリーズだったが最後になって敵が次々と味方になってくるのは意外と斬新だった気がする。

しかし、毎回のことなんだけど、撮影場所がいつもつくばの西武のところなんだよね。仮面ライダー響は小川町や石岡市周辺が多かった。

知った場所が映るたびにはしゃぐ茨狼夫婦でした・・・

ちなみに今日の仮面ライダーカブトには元デカレンジャーのウメコがでてましたね。相変わらず可愛かったけどギャルになってた・・・

小野正敏先生の講演会

昨日はたまたま立ち寄ったかすみがうら市郷土資料館で歴博の小野正敏先生の講演会が開催されていた。

この先生はもともとは旧石器時代の研究が専攻。しかし、中世の朝倉氏の居館である一乗谷の発掘調査に携わってから、すっかり中世の研究者というイメージが強い。でもって今日のお題も「茨城県の中世」。

前半は東海村で出土している村松白根遺跡について、中盤は一乗谷とつくば市の小田城の話(これらについてもいずれ触れます)。

問題は最後の30分。結構すごい話だった。

最近、常陸国内で少しずつ発見されている鎌倉時代の居館について。当時の有力者は居館(ミタチ)と寺院(ミドウ)を作るらしいんだけど、ミドウのほうは岩手県の平泉にある毛越寺や京都の平等院なんかと類似している。ところがミタチのほうは20mから50m近くの細長い侍所をつける鎌倉や武蔵国のものとは大きく異なるらしい。つくば市の小泉館(多気氏の居館)や現在、整理中の遺跡では寝殿造りが退化したような形をした掘立柱建物が出土しているとか。

資料がなかったのが少し残念だったけど、まだ未報告だから仕方ない。しかし、この差が何を意味するかは結局は語ってくれなかった。

常陸国は平繁盛以来の平家の拠点。何か関係あったらおもしろいね。

何気に大学時代、小野先生の授業を受けていた茨狼でした・・・不勉強な生徒で申し訳ありません・・・

ララガーデンからみた筑波山

ララガーデンからみた筑波山

嫁を仕事場まで送ったついでによってますが・・・まだ開店してない・・・寒いです・・・

おろしチキン竜田弁当

茨狼は数年前まで福岡県で埋蔵文化財の発掘の修行をしていた。

大学卒業と同時に結婚して、変に貧乏だった。なぜ「変に」なのかはこのカテゴリーのなかでいずれ書こうと思う。

それはさておき、そんな貧乏時代に夫婦の生活を支えた食料のひとつが「ほっかほっか亭」のお弁当だ。

茨城ではそれほど店舗はみかけないが、実はご飯の炊き方が非常に上手だったりする。なによりもとっても安い!私も嫁さんも仕事で疲れてたから、自炊なんてなかなかできないし、とっても重宝した。

でもって、昨日は嫁さんが用事で帰りが遅かったため、仕事を早めにきりあげて帰ってきた。そんなわけで晩御飯を久々に「ほっかほっか亭」にしたわけです。Photo_7

ちなみに、昨日は福岡でお世話になったひとにアドレスを知られてしまったのであえてこの話題にしてみた。

もうひとつ、大発見・・・ほっかほっか亭って東日本と九州・山口地区でメニュー違うんだね・・・

縄解き地蔵

石岡市八木にある縄解き地蔵。

いま、「功名が辻」なんてやってるけど、山内氏が高知に行くことで旧長宗我部氏の家臣たちとの間で激しい身分差別ができたのは有名な話。

佐々成正なんかも領地問題でもめて取り潰されてる。

常陸国の場合は佐竹氏という大名が国を統一しているけど、関が原の戦いのときに態度をはっきりさせなかったために、秋田に転封になっている。

そんな常陸に入ってきたのがご存知、徳川氏。天下を取ってもやっぱり領土経営には苦労したみたいだ。県北でおきている生瀬村の事件(いずれ調査してかきこみます)みたいに虐殺まで行われているみたい・・・

そんな、江戸時代初期に、水戸藩は現かすみがうら市宍倉に不穏な動きをした旧佐竹家家臣を収容した。そして、霞ヶ浦を渡って送られてきた罪人?の縄が解かれた場所に建っているのが「縄解き地蔵」。

Photo_6 そんな悲劇からか、現在では子供が授かるありがたいお地蔵さんになっている。祠の扉にある赤い布を持ってかえると赤ちゃんができて、できたら2本にして返すとか、祠の中に小さいお地蔵さんがいっぱいあって、これを夜抱いて寝ると子供ができて、お礼に2体返すとか、いろんな言い伝えがある。

もちろん、お参りしときました。

しかし、天下の水戸光圀公にも暗い過去があるのね・・・

魔○・・・

魔羅・・・

大○羅権現・・・二日連続でいってしまった・・・でも漢字分かったからいいか・・・しかし、魔に羅ってすげーな。

あぁ、大○ラ権現・・・

Photo_5 なんか、始めたばかりでいきなり切り札を出してしまった感じ・・・

別にネタを蓄えていたわけでもないし、

ブログ書くために訪れたわけでもない・・・

ただ・・・

巨大なPコチンが茨狼を迎えてくれただけ・・・

それでいいじゃないか。

しかし、この旧八郷町大増にある大マ○権現、実は八郷町の遺跡分布地図には縄文時代の石棒がご神体になっていて地元では子供を授かる神社として信仰を集めているってことが書いてある。だから、カテゴリーも名所にするか史跡にするか迷った。でも名所にしたのは残念ながら祠を覗いてもそれらしいものはなかったから。周辺は縄文時代中期の土器が散布しているとも書いてあるからきっと本当にあったんだろうね。でも、気になったひとは是非一度訪れて中覗いて欲しい。木製のあれや、石製のこれがいっぱいおいてあるから・・・。

ちなみにいま子供が欲しい茨狼がお賽銭を入れたことは言うまでもない・・・ご利益あるかな?

先日の筑波山

先日の筑波山

筑波スカイラインから。ここにきた時の話はまた別に書きます。爺ヶ峰婆ヶ峰って言えば分かります?

はろぅきてぃ納豆せんべい

Photo_3 先日、茨城県庁に行ってきた。

建物の中央部分が吹き抜けになっていてすごく無駄なつくりになっているのはいずれ突っ込むとして、最上階の展望台にいかにも茨城らしいものが売っていた。

それが納豆せんべい・・・袋を開けた瞬間に納豆の香りがぷーんとして、食べてみると乾燥した納豆に粘りがもどりヌルヌルする。

正直、おいしいとは思わんけど、安易にキティーちゃんを採用しているとこがいい。あまり、考えすぎんことよね、何事も。

しかし、展望台の眺めよかった。これもいずれ突っ込みます。茨城はネタに困らんな・・・

試しに送信してみた。

試しに送信してみた。

下妻からみた筑波山。

牛久大仏(1)

Photo 何の脈絡もないけど、今日車を運転してて思ったこと。

茨城の誇る巨大仏、それが牛久大仏。

そのお優しい眼差しはあたかも世界の全てを見通しておられるかのようである。

実はこの御姿は筑波スカイラインからも確認できる。

そこで考えたんだけど・・・

Photo_1

実際のところ見通しておられる範囲はどの辺までなんだろう?

なんかぶらぶら出かけたときに探してみます・・・

続く?

2日めから・・・

ためしに検索してみたら・・・

「茨の道」ってブログ、別の方が作ってた・・・

しかも、なんかかっこいいし・・・

で、さっそく少しだけ題変えました。

なんかいろいろ気使うのね・・・早くもくじけそうです。

茨の道も一歩から!!

初めまして、茨狼です。

まあ、世の中にたいして言いたいことがるわけでもないんですが、とりあえず、愛すべき「茨城」についていろいろ考えていけたらなぁと思います。

しょっぱなから申し訳ないんですが、眠いから寝ます・・・

ではでは。

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