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小四郎せんせーい!!

Dsc00652_1  藤田小四郎。藤田幽谷の孫であり、藤田東湖の4男。水戸藩の重鎮・藤田東湖でえ、小四郎の行動力に期待していたという・・・。

元治元年、いわゆる天狗党と呼ばれる人々が常陸国府中(現茨城県石岡市)に滞在の後、筑波山に上がり、攘夷を決行すべく旗揚げした。いわゆる天狗党の乱。最後は鰊(にしん)蔵に押し込められ、寒さと悪臭のなか悲劇の死を遂げたの有名な話であるが、天狗党というと薩摩・長州はいうに及ばず、天誅組や土佐勤王党なんかと比べてもマイナーであるのは藩内の内輪もめに終始してしまったためか。しかしながら、水戸藩自体はどの藩にも先駆けて「尊王攘夷」という思想にいきついた雄藩である。

実はこの天狗党の乱。最近読んだ本によると大きく3期に分けられるらしい。

1期は田丸稲之衛門、藤田小四郎、竹内百太郎等が筑波山にて挙兵した時期。2期は水戸藩内の騒乱を鎮めるべく、幕府より宍戸藩主・松平頼徳が江戸から使わされてくる時期(大発勢)。江戸にいた武田耕雲斎はこのとき初めて藤田小四郎たちに加わる。3期は追い詰められた武田耕雲斎らが一橋慶喜に助けを求めるべく西行する時期。

一般的に天狗党の乱というと武田耕雲斎が率いた叛乱というイメージがあるが実は最後の最後だけで、むしろそうなることは彼の本意ではなかったらしい・・・

幕末という激動の時代に、日本の行く末を思い、不本意ながらも散っていった茨城の志士たち・・・そんな志士たちを少しでも応援できたらなあと思ったりなんかする。

ちなみに写真は筑波山神社にある藤田小四郎の銅像。

というわけで立ち上げてみた「天狗党」カテゴリー。どこまで続くか?「幕末の茨城」とかも作ってみようかね?

しかし、分かりずらいんだよなー・・・天狗党・・・ごちゃごちゃで・・・正直、短文でまとめる自信がない・・・

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コメント

すんません、早とちりで今度は天誅組と天狗党を読み間違えてました。

その通り、金閣寺でバイトしてましたです。
ただ、少々はなしが大げさになっていますが、金閣寺売店のソフトクリームはフリーペーパーみたいなちっちゃいタウン誌に載ったことがあっただけで、そこまで名物ではありませんよ。
たしかに、森永の業務用なのに・・・とは思いましたが・・・。

そりゃ違う友達だな。

じいは新撰組旅行で転がり込んだ所で、京都名物金閣寺売店、めいじのソフトクリームを作ってた方だ。
あとNYで美味しくも無いトンカツ喰ったり。

こんばんは!!
それならば初めましてではないですね。ネットの世界ではww
ケヤのあたりでお店の店員にローリングソバットを決められたとか・・・どら猫同様半端じゃないですねwww

ちなみに元天誅組ですね。隊士の名前は調べときますww。
ご指摘の通り、水戸藩はあくまでも尊王敬幕ですからどうしても倒幕にはいたりません。しかし、田中は上州勢といって水戸藩以外から集まってきた上野方面の志士をとりまとめていて、天狗党の本隊とは一線を引いていたようです。旗揚げの地も普門寺といって筑波山からは少し離れています。また、確かではないのですが田中は元々武士ではなかったようです。そういった身分的なものもあってか、しがらみのない彼だけは倒幕を唱えていたようですね。

ちなみにあくまでも天狗党の目的は攘夷にあり、横浜を襲撃しようとしていたみたいですね。

正解です。

元、といいますか、あの名前自体どら猫のとこの旧サイトの掲示板に書き込むためにテキトーに付けた名前でございます。
ちなみに、茨狼さんの名前はその当時から聞いておりました。
で白状いたしますと、猫やら狼さんやらがいましたので、若干パクリ気味にうさぎと名乗りました。
パクリです、はい。

今後ともよしなに。

ところで、「元天狗党の軍師に倒幕を~」って書かれてますが、その人は水戸の人ですか?
なんとなく、水戸の尊皇攘夷は純粋な尊皇攘夷ってイメージがあったので、ちょっとびっくり。
水戸の場合、徳川ありきの尊皇攘夷、御三家であればこそ率先垂範で尊皇攘夷を!ってことなのかなと思ってたので。
まあ、組織の中にもいろんな個人がいますからね。

「幕末の茨城」続きをお待ちしております。

 >じい様 
 初めまして!!
 
 よく職場でも話題になるのですが、結局、御三家ですから、倒幕にまで行き着かないんですよね。天狗党も旗揚げしたのは幕府に「攘夷」を促すためで、決して倒そうとしていたわけではないみたいです。
 
 ただし、上州勢を率いる田中愿三は元天誅組の軍師がついて倒幕を吹き込まれています。しかし、彼は栃木などあっちこっち焼き討ちにしちゃって最終的には見放されてしまいます。
 やっぱ水戸は天下を取れない運命にあったんでしょうね。

 それにしても水戸藩の扱いが日本のなかであまりにも軽視されていると思うわけです、はい。

 ところで、じいさんは元Nうさぎさんですか?

すいません・・・。

「党」が「等」になっちゃいました。

お初にコメントお邪魔いたします。
どら猫の幼馴染のじいでございます。

「幕末の茨城」カテゴリーぜひに。

あまり水戸藩については詳しくはありませんが、幕末の起爆剤になった藩ってくらいは。

けどなんとなく、天狗等の辿った末路は必然的なものだったような気もしますね。
なんせ、純度の高すぎるイデオロギーの発露って感じがしますので。

ただ、敦賀でのあまりに惨い扱いはナチスのユダヤ人強制収容所を思い出しちゃって、なんだかぐったりいたします。

突撃しようかと・・・

動画かー?ヤンキーの暴走でものっけるかね?

で、なんで白鯨なんだ?

釣るのか?

ココログといえば今日改編があったみたいだな。
動画とかも載せれるようになったらしいぞ。

で次はどうがだな。w

小川郷校なんかもいずれ取材にいこうかと・・・岩谷敬一郎、竹内百太郎なんかも活躍した土地ですもんね!!
しかし、天狗党が首切られた土地って結構あるかもしれませんね。石岡にもあって「首落」が「白久」になっていまの「白久台」になったというまことしやかな地名があります。
本当かね?

コダマでございます。
天狗党とは、またレアなネタですね。すばらしいです。
ちなみに小美玉も天狗党には深く関わっている土地です。拿捕された天狗党の人が首を切られた場所などというところもあります。
また、ご来館ください。

うおーするどい!!

実際は目が大きくて、鼻はつぶれてあまり男前ではなかったらしいですよ(笑)

かなぶんさん、すげー。

小四郎せんせいって
男前ですね!
こういう銅像系って、
みんな美男子に修正されるんですかね?;^_^A

まつ先輩、おはようございます。

なんかいろいろ慣れてきたもので・・・小じゃれたものがいっぱいあって楽しいです。

しかし、朝はやいですね・・・

うおー。
デザインが変わっている!
みんな結構かえてるねえ。
春だからかな?

かえるぴょこぴょこさんならそういってくれるとおもいましたよー。

なんか間違いあったら教えてくださいねー。

小四郎きたーーーー
銅像、全体的なもの始めて見ましたー!!
うれしー!!

そうそう、最初に総大将に担ぎ出されたのが田丸稲之衛門なんですよね。事態を説得しようと田丸の兄、山国兵部が向かうのですが逆に諭され、天狗党に加担することに。。。

ホント、天狗党。。。まとめにくいの分かりますw

写真の大きさ確認したくてとりあえず入れただけだよ・・・せっかちなやつめ・・・

う~んうまくいかんな。
HTMLコードか?
藤田小四郎について。

どうでもいいが、少しくらい説明入れたらどうだ?
ただでさえ幕末はマニアックなのに天狗党なんぞさらにマニアの深みの部類に入るんだから。

ほれ

藤田小四郎の詳しい事は以下を

http://www.lib.ibaraki.ac.jp/mitogaku/s02.html

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