最近のトラックバック

茨城の史跡

縄解き地蔵

石岡市八木にある縄解き地蔵。

いま、「功名が辻」なんてやってるけど、山内氏が高知に行くことで旧長宗我部氏の家臣たちとの間で激しい身分差別ができたのは有名な話。

佐々成正なんかも領地問題でもめて取り潰されてる。

常陸国の場合は佐竹氏という大名が国を統一しているけど、関が原の戦いのときに態度をはっきりさせなかったために、秋田に転封になっている。

そんな常陸に入ってきたのがご存知、徳川氏。天下を取ってもやっぱり領土経営には苦労したみたいだ。県北でおきている生瀬村の事件(いずれ調査してかきこみます)みたいに虐殺まで行われているみたい・・・

そんな、江戸時代初期に、水戸藩は現かすみがうら市宍倉に不穏な動きをした旧佐竹家家臣を収容した。そして、霞ヶ浦を渡って送られてきた罪人?の縄が解かれた場所に建っているのが「縄解き地蔵」。

Photo_6 そんな悲劇からか、現在では子供が授かるありがたいお地蔵さんになっている。祠の扉にある赤い布を持ってかえると赤ちゃんができて、できたら2本にして返すとか、祠の中に小さいお地蔵さんがいっぱいあって、これを夜抱いて寝ると子供ができて、お礼に2体返すとか、いろんな言い伝えがある。

もちろん、お参りしときました。

しかし、天下の水戸光圀公にも暗い過去があるのね・・・

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ